カテゴリー「キリスト教の祈り」の2件の記事

2015年8月28日 (金)

2015年8月28日主イエス・キリスト様への祈り

愛する主イエス・キリスト様の御名によりお祈りします。私は常日頃、お酒を飲み過ぎる癖がありました。週に一回は連続3日以上断酒したり、飲む日にも飲み過ぎない様にして脂肪肝を治し、酔っ払わない様にする事が出来る様お助けください。アーメン。



御国の鍵としてのイエスの名による祈り 

はじめに

  • 「主の御名」「イエスの御名」「キリストの御名」「主イエス・キリストの御名」によって祈る祈りーこれこそ が、クリスチャンの祈りの特徴である。この点について、私たちはどれほど明確な信仰的自覚をもって使っているだろうか。これは、「これで私の祈りは終わり です。次の方どうぞ・・」というサインではない。イエス(キリスト)の御名とは、イエス・キリストの全存在―すぐれた権威と力―、全人格―教え、十字架と 復活を頂点とするすべてのわざー、さらに天にあるキリストの栄光の富を包含している。初代教会は「イエスの御名によって」大胆にみことばを語り、しるしと 不思議なわざを行ない、すべてのことをイエスの御名によってなしたのである。

「イエスの御名によって」祈る新しい祈り

  • 言うまでもないが、「イエスの御名」によって祈る祈りはだれかが思いついたものではなく、イエスご自身が最後の晩餐の席で教えられた祈りである。()
  • ①「あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。」 (ヨハネ16章24節)
  • ②「その日には、あなたがたはわたしの名によって求めるのです。わたしはあなたがたに代わって父に願ってあげようとは言いません。」(ヨハネ16章26節)
  • 上記のほかにも四つの箇所で同じことが繰り返されている。繰り返されているということは、非常に重要だということである。そこで強調されていることは、①「何でも求めよ」②「イエスの御名によって」、③そうすれば「父は、お与えになる」という約束である。
  • ヨハネ16章24節の「今まで」とは、イエスがここで弟子たちに話されるまでは、彼らがイエスの御名によって何も求めなかったという意味であり、同、26節の「その日には」とは、ペンテコステの時に弟子たちの上に聖霊が注がれる日には、という意味である。
  • イエスの御名によって祈るとき、その祈りはイエスによって保証され、あたかもイエスご自身が祈ることと同義 なのである。今も、イエスは「父なる神の右の座において、とりなしの働きをされているが、私たちがイエスの名によって祈ることと、イエスの御座でのとりな しとの関係はどうなっているのであろうか。ヘブル人への手紙7章24~25節にこう記されている。「しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わ ることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きてい て、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」
  • この箇所は、キリストがご自分によって神に近づく人々のとりなし手であることを明らかにしている。この中に ある「とりなす」という言葉のギリシャ語の意味は、「間に立つ」「交渉する」「人々の間に立って平和と平等を作り出す」という意味である。キリストは神と 罪人の和解のためにこの世に来られ、人々の間に神の平和をもたらすために活動された。そして現在、天においてだけでなく、かつて地上においても、「キリス トはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられる」という。このことは教会にとってきわめて重要である。
  • 現在、キリストは天において私たち教会のためにとりなしておられるが、この意味をさらに明確にするなら、 「キリストは天において教会のために神と交渉をしておられる」という意味になる。この交渉するというのは「取引をする」という意味である。キリストが教会 のために神と取引がなされるためには<取引材料>が必要となるが、それが聖徒たちの祈りなのである。もし教会が地上で祈らないならば、キリストは天におい て神と交渉することができないのである。しかしもし教会が地上で祈るならば、キリストはその祈りが答えられるよう天において神と交渉してくださるのであ る。キリストが天においてとりなしをしておられるとはそういう意味である。
  • ヨハネ16章26節の「わたしはあなたがたに代わって父に願ってあげようとは言いません。」という意味は、 私たちがとりなす材料をイエスに与えることをしないのに、イエスが私たちと関わりなく、代わってとりなすということはできないという意味である。だからこ そ、聖徒たちのとりなしの祈りはとても重要なのである。ちなみに、サムエルは「祈らないことは罪」だとしている。(Ⅰサムエル12章23節)。イエスの御 霊は、私たちをうながして、祈りの材料をイエスに与えることを可能にしてくださる方である。とりなしの祈りの息は、三位一体なる神と私たちのうちにいのち の連帯を作り出している。  
  • キリストは、いつもキリストを通して神に近づく人々のためにとりなしておられるのである。「イエスの御名」によって祈る祈りを御父は聞いてくださるという主の約束を、私たちは信仰をもって真剣に受け止めなければならない。

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    ①ヨハネ14: 13 「またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。」 

    ②ヨハネ14: 14 「あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。 」

    ③ヨハネ15: 16 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあな たがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」 

    ④ヨハネ16: 23 「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。」



牧師の書斎より

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2015年8月 8日 (土)

キリスト教の祈りの一例

キリスト教の祈りの一例を紹介します。(キリスト教の機関誌「アパ・ルーム」からの引用です。)



まず、30秒程静かに座って心を整えましょう。2〜3回深呼吸をしてくつろぎましょう。



聖書のエフェソ書1章15節〜20節を読みます。



1:15 こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、

1:16 祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。

1:17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、

1:18 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。

1:19 また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。

1:20 神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、



2〜3分静まって聖句について思いめぐらしましょう。心に何が浮かびましたか?どこに注意が向きましたか?



次にフィリピ書4章8節をよみます。



終わりに、兄弟たち、すべて真実なこと、、すべて気高いこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて名誉なこと、また、徳や賞賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。



フィリピ書4章8節はこの祈りの黙想の中心となるものです。ゆっくり読んで、あなたにとってどんな意味があるか考えましょう。



信者の言葉



 何年か前、私はもっと前向きな生き方をしたいと思いました。フィリピ書4章8節を思いながら、私はこの御言葉を覚え、その教えに従うよう努力することが助けになると思いました。しかし、課題は依然として重荷に感じられました。


 やがて私は、この御言葉をいくつかの小さな部分に分け、一日に一つの徳に集中することができることに気がつきました。月曜日に始めました。もし後ろ向きに考え始めたなら、「すべて真実なこと、それを心に留めなさい」と自分自身に言い聞かせ、神の真理を表している聖書のいろいろな御言葉に集中しました。


 火曜日には「すべて気高いこと」について考え、他の人々の無私の行いを思いました。水曜日に「すべて正しいこと」について考えたことは、より良い選択の助けとなりました。木曜日に「すべて清いこと」について考えた時、母と義理の母との愛について思い起こしていました。


 「すべて愛すべきこと」を金曜日に考えた時は、美しさを追い求めました。土曜日に「すべて名誉なこと」を良く理解するために、他の人々の中に最良のものを求めました。日曜日に「徳や賞賛に値することがあれば」と思いを馳せる中で一週間を振り返り、すべての状況の中に、すべての人々の内に、良いものを見出しました。


 このような過程を経て、私は新しい目で物を見、私を包み込む神の素晴らしさに感謝することが出来るようになりました。


信者の言葉を読んで、”この人が書いた言葉は自分の人生にどのような関わりがあるのか?”自問してみましょう。



祈祷:愛する神様、あなたの目を通して物を見るよう助けてくださっていることを感謝します。アーメン。



静思の時を終えるために、祈りましょう。それに加えてこの黙想の間に心に浮かんだ人々や状況について祈るとよいでしょう。



今日の黙想:聖書は私たちが神様の目で見ることができるよう助けてくれます。



今日の黙想の一言を日に2,3度思い返し、静思の時間に聞こえた神の言葉を思い起こしましょう。



祈祷の焦点:もっと前向きな生き方のために。



祈祷の焦点は黙想の後に祈り続けるべき主題を提唱しています。これによって世界中の信徒の祈りに加わることができます。



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